【連載】壽蔵・酒造りのエレメント ―水― | こめから.jp | お米のチカラで豊かに、上質に。

酒蔵だより

SAKAGURA

2022.2.25.

【連載】壽蔵・酒造りのエレメント ―水―

成分の8割を占め、日本酒の姿形を大きく方向づける水。洗米や蒸米、仕込みの各工程で使われ、お酒の原料となる水のほかに、瓶詰め工程や道具の洗浄、タンクの冷却などの雑用水も大量に必要になり、仕込み総米量の30倍の水を使うといわれています。
水は酒蔵の生命線。恵まれたことに、福光屋では、蔵内で使用するすべての水が水齢100歳の天然水です。霊峰・白山の麓に降り注いだ雨雪が地中深くに染み込み、貝殻が堆積した大桑層(おんまそう)をゆっくりくぐり抜け、酒蔵の地下150mにたどり着く「百年水」。
ミネラルを豊富に含み、汲みたてをそのまま口に含むとやや硬くドライ。この水が、酒米や微生物、蔵人の技と出会い、福光屋のお酒の骨格となって味を支えるのです。

水の国・日本に古くある産業は水を多用するものが多くあります。醸造もその一つ。酒蔵の数だけ仕込み水の種類、考え方があるといっても過言ではありません。

あって当たり前ではない、日本酒における「水」という素材

日本酒の中の8割をも占めるにも関わらず、お酒を語る上で「水」に注目されることは多くありません。酒米や酒造りの技法のこだわりに比べれば、その存在感ははるかに薄く、あって当たり前、空気のようでもあります。

おそらくそれは、水は人の手や技をほとんど加えることができない素材でもあるからです。ところが、どんなに優れたお米を揃え、技を尽くして麹を仕込んで一つのタンクに入れたところで、水がなければ糖化もしない、酵母を加えても醗酵しない。水がなければ日本酒の工程は一歩も先に進めないということになります。

酒造りにおける影の立役者である水。洗米、蒸米、酛(酒母)、醪の仕込みに使われる仕込み水は、水道水よりはるかに厳しい水質基準が定められています。例えば、微量に含まれるだけで日本酒を変質・変色させてしまう鉄やマンガンの値は水道水の基準の1/10以下に抑える必要があります。もちろん、細菌や重金属成分、放射性物質などが含まれないことも大切な条件です。つまり、水の味を問う以前に成分の観点から安全であること、そして水質のよさと同じように水量が豊富で安定していることも大切なことです。

仕込み水の水源地である白山は、富士山、立山とならぶ日本三霊山の一つ。最高峰の御前峰は標高2702mの活火山でもあります。

福光屋が酒造りに使用する水は、すべてが水齢100年の天然水

福光屋には、酒蔵の地下に150mの深さまで掘った井戸が新旧あわせて4本あります。金沢大学理学部が昭和61年に行った調査によると、この井戸から汲み上げる水はいずれも水齢100歳以上。石川、富山、岐阜、福井の県境にそびえる霊峰・白山の麓に降り積もった雨雪が地中深くに染み込み、かつては海底であったことの証でもある貝殻層が堆積した大桑層をくぐり抜けて酒蔵にたどり着く恵みの天然水「百年水」です。

硬度80〜90mg/lの中硬水(中程度の硬水)。貝殻層をゆっくり時間をかけて通過する際に、カルシウムやマグネシウムが水に溶け込むためで、このミネラルが福光屋の酒造りに最適な養分となっているのです。

一般的に、水中のカルシウム・カリウム量が0〜60mg/l未満の軟水でお酒を仕込むと、やわらかな口当たりの甘味のあるお酒に、硬水で仕込むと輪郭のしっかりした辛口のお酒が仕上がるといわれています。

酒蔵の玄関では、「百年水」を汲むことができます。深井戸から取水する天然の地下水は、環境汚染や自然災害などの影響を受けにくく水質が安定しています。比較的浅い井戸で取水する伏流水とは異なります。

「百年水をそのまま口に含むとやや硬く、渋さのような収斂味(しゅうれんみ)がややあります。日本のミネラルウォーターは硬度約20〜30 mg/lの軟水で、それに慣れていますから、このお水をダイレクトに美味しいとは感じないかもしれません。ところが醗酵が関与すると、お酒にとってすばらしい骨格になるのです」と、壽蔵杜氏の板谷和彦。

「お米と水だけでお酒を仕込む純米蔵にとって、水は酒蔵のアイデンティティです。福光屋の個性であり、非常に重要なテロワールだと考えています。極端にいえば、酒米や種麹、酵母はその都度好きなものを選んで入手できますが、仕込み水は宿命的ともいえるほどコントロールができません。この地に湧く水でしかお酒が仕込めないのです。酒蔵の水を変えたければ、蔵を引っ越しするほかありません」。

酒蔵の蛇口から出る水、雑用水もすべてが「百年水」です

日本酒醸造には大量の水が必要になります。一般的には、使用する酒米の30倍の水が必要といわれます。酒造期には1日に3t(3000kg)のお米を使用する福光屋は、単純計算すると90tの水を使うことになります。お酒になる水以外に、用具や蔵内の洗浄、タンクの冷却用水やボイラー用水など大量の雑用水が必要になるからです。

恵まれたことに、それらの水を含め蔵内で使用する水のすべて、蔵内の蛇口から出る水のすべてが百年水。酒蔵には水道水が流れていません。たとえ用途を分けていても、仕込み水の基準とは異なる水質の水道水が蔵内で使われることは、鉄やマンガンが微量でありながらも混在するリスクになります。

また、蒸米を包む麻布や、山廃酛の中に沈める暖気樽を水道水で洗浄するとします。すると、せっかく百年水で蒸したお米や仕込んだ酛でありながら、わずかにでも水道水に触れた道具と交わることになってしまう。たとえ、安全性に問題がなかったとしても、百年水にこだわるからこそ感じる小さな矛盾を取り除きたいという気持ちがあるからです。

その日の仕事が終わると、それぞれの持ち場を百年水で清めるように洗い流す蔵人。

水を守る酒造りが、後々の福光屋の日本酒を支えてくれる

一方で、この恵みの百年水が無尽蔵に永久的に湧き上がると楽観しているわけではありません。百年水が酒蔵の生命線である以上、貴重な水資源を大切にしなければならないという意識はつねに強く持ちあわせています。

「この恵みの仕込み水を使う酒造りが、今後もできるだけ長く続けられるように。今、使った水が巡り巡って100年後の福光屋の酒造りを支えてくれると考えています」と杜氏。
蔵内では節水を心がけ、酒造期の1日あたりの使用水量を90t以下に抑えるように努め、洗米ではその水を循環させて最小限の使用量に徹しています。また、排水に関しても、洗米で使用した水は汚れを取り除いたのちに下水道へ放水するほか、その他の排水を含め、汲み上げ時のpH値、成分値と同等に戻し、工業用排水の基準を大きく下回る水質で放出しています。

「枯渇や地盤沈下などの心配は、今のところ一切ありません。ですが、この先100年、200年を見越して、今の酒造りを考えなくてはいけません」。

さらにもう一歩踏み込んで、タンクや瓶詰め機器の洗浄に化学洗浄剤を極力使わない取り組みも行っています。化学洗浄剤の代わりに、強い殺菌力をもちながらすぐに無害な水に戻るオゾン水を使用。蔵内でオゾン水をつくって用具の洗浄や、すすぎ洗いにかかる水量を削減すると同時に河川や海洋の環境保全にも気を配っています。

「この恵みの水があってこその酒造りです。創業以来397年もの間、金沢の気候風土に守り育てられて今に至る老舗として、城下を流れる河川や豊かな幸をもたらす日本海を守ることは、酒造りの未来を守ることでもあります」。