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加賀鳶

「粋」なキレ味。

コンセプトワードは「粋」。そのために最も大切にしていることは、キレです。単に辛いだ けでなく、日本酒の生命線である旨みを大切にしながらのキレる辛口。純米造りの技術を徹底的に追求することで、旨さの領域を広げた「加賀鳶」。まさに酒造りの妙技を味わえるブランドです。

選び抜かれた酒米

加賀鳶 選び抜かれた酒米は、兵庫県中区の「山田錦」、長野県木島平の「金紋錦」、富山県福光の「五百万石」。
これらの良質の酒米を契約栽培し、それぞれの個性を見極め、造りの基本に忠実に仕込んでいく。
こうしたひとつひとつの積み重ねが、酒米の持つ個性と旨さを引き出します。

加賀鳶連中の心意気と地酒の力強さをあわせもつ


江戸の昔、加賀藩江戸屋敷お抱えの大名火消し「加賀鳶」は、面たくましく力あくまで強く、火消しの技と喧嘩早さは天下一品。賑々しくも勇ましく、粋な集団として八百八町の人気を一身にさらっていました。
長半纏に染め抜かれた雲に雷をモチーフにした「加賀鳶」のロゴマークは、加賀鳶連中の心意気と地酒の力強さを表しています。

ブランド開発に関わる人たち

歌舞伎の出しものに「盲長屋梅加賀鳶」(めくらながやうめがかがとび)というものがある。加賀藩江戸屋敷お抱えの大名火消し加賀鳶と、江戸の町火消しとのケンカがらみの、江戸の人情や風俗を生き生きと表現した明治初期のヒット作である。作者は河竹黙阿弥。芝居の冒頭は加賀鳶勢揃い。その意気のよさがブランドのコンセプトになった。 我々を歌舞伎にいざない、加賀鳶を知らしめた河竹登志夫は黙阿弥を曽祖父にもつ。 多くの分野に亘って深い造詣をもち、食を愛し、酒をあそぶ。自ら加賀鳶の書を手懸けた。

河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)

1816年江戸日本橋に生まれる。
歌舞伎作者として約360編もの作品を残す。題材は稗史小説、講談落語、能狂言から新雑報、西洋物にまで及ぶ。江戸の市井のリアルな描写と七五調や清元の音感により江戸歌舞伎を集大成した。1893年没。

河竹登志夫(かわたけとしお)

1924年東京生まれ。河竹黙阿弥の曾孫。
東京大学物理学科・早稲田大学芸術科卒。早大教授、東大・東京芸大ほか講師歴任。愛洒家で、自ら包丁をもつ食通としても知られる。著書に『歌舞伎のいのち』『比較演劇学』『歌舞伎美論』などがある。2013年5月6日逝去。